2011年03月18日

転載します

被災地の映像に向かって手を合わせるのもいい。
ツイッター上で祈りの言葉をつぶやくのもいい。
普段より節電を心がけるというのもいい。
コンビニに商品が入荷したら後の人のことを考えて商品をなるべく残して行くのもいいだろう。

現地に赴いて木切れひとつも片付けるのもいい。
募金箱にコインを入れるのもいい。
献血をしたいと言った人がいたがそれもいいだろう。
 
そういったささやかな行為がこのあまりにも甚大な絶望状況を救うとは言えない。

だが過剰なレスキューファンタシーに陥ることなく、そして無力な自分を責めることなく、
ひとりひとりが冷静に身の丈に合った何かを「する」ことこそが大事なのである。

それが祈りの象というものだ。


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藤原新也氏の言葉です。

他人の痛みを完全に理解することはできなくても
少しでもその痛みが和らぐよう祈りを捧げるのは許される事なのかもしれない。
そう思わせてくれた言葉です。
posted by スノウ at 03:45| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする